画期的な治水法

千葉県内で実施された雨水貯留浸透と効果                        (月間下水道vol.39より)

 

                                                                                     一般社団法人 環境地水技術研究会理事長 宮澤 博

 <はじめに>
 水と土は地球上の全生物が必要とする大切な資源であり、共有財産である。
 敗戦後、日本の国は衣食住に事欠く劣悪な生活や原爆投下による放射能汚染、後遺症など未曾有の経験をした。国民は、荒廃した国土を復興するため懸命に働き、さまざまな技術を開発してきた。水管理技術もその一つで、豊富な水量や肥沃な土壌など恵まれた自然を利用し、生活環境の改善と農工業の生産向上、洪水対策等を目的に河川整備や上下水道、工業用水、農業用水など、水管理施設の整備を進めた。のちに、世界中から日本の奇跡といわれた経済復興を遂げたが、水管理技術はこの復興に多大な貢献をした。
 戦後、私の少年時代を過ごした千葉県香取地方(現、成田市)では当時、多くの家庭は生活用水に井戸水を使用していた。生活雑排水や雨水は敷地内に素掘りされた、どぶ(溝)に流していた。雨が降ると、どぶ(溝)が溢れ随所に水溜りが発生した。溜水は何日も引かず、春から初秋の期間はボウフラ天国と化し、伝染病に怯え、栄養失調児童も多く難儀な時代であった。
 現在は上水、下水道が完備、雨水排水対策も合流式から分流式への切り替えも進み、治水面や衛生面も安全で利便性のよい生活を送ることができる。反面、近年、開発が進み急速に都市化している。このため流域の森林、農地が減少、地表の被覆面積が増大したことで自然のサイクルが変化している。
 さらに、長らく続いてきた排水を基本にした治水対策にあって、近年は今までの手法に限界が生じてきている。自然な水循環のあり方を乱し、ヒートアイランド現象やダストゾーンの発生、集中豪雨の多発、洪水、地すべり、河川湖沼の水質悪化など多くの環境不利益が生じ、生物の生活環境が脅かされている。   
これからの治水は環境との両立を考え、実現しなければならない。こうした治水に対し現在、期待されているのが貯留浸透手法による雨水の流出抑制方法である。
 しかし、現状は容器貯留量を重視し、土壌の浸透貯留能力を軽視している施設が多い。流域の健全な水循環の維持、向上を図るには土の役割が必要不可欠になる。ここでは、従来の雨水対策と、千葉県内の貯留浸透手法による雨水対策施設の違いを事例で示し、環境回復効果、治水効果について記述する。

 <従来の雨水対策>
 従来の雨水対策は洪水抑制を主目的とし、下水道(雨水本管)、または流末河川に排水することを基本としている。最終的に雨水は海に到達する。また、土地を有効利用するための開発行為等により当該敷地から流出する雨水は、洪水対策施設として調整池を設けて集水し、一時貯留、定められた単位時間当たりの許容放流量に調節し、24時間以内に全て排水することを基本に指導している。
 開発行為では、宅地の造成工事など一定面積以上の土地を利用する場合、開発許可申請書を提出、開発計画が適正であるか審査を受けることが義務化されている。この時、洪水対策施設の計画も厳しい指導を受ける。従来の洪水対策施設は調整池方式以外、認められていなかった。調整池方式による洪水対策施設は、現在も大型開発計画や浸透不可地域において採用されている。
 しかし、環境保全の面においては解決しなければならない問題が多い。初期降雨時に濁度がピークとなるファーストフラッシュ現象※により、流入する水質汚濁物質の分離除去対策や体積物質の搬出などの維持管理を適切に講じる必要がある。
 印旛沼流域水循環健全化会議、浸透ワーキンググループは既存調整池の機能調査、浸透マス設置による効果などの調査を実施した。結果、降雨時、調整池への流入水濁度よりも、流末河川への流出水濁度の方が大きいことが判明した。また、調整池内の堆積物質が浮遊し流出口に集積、排水を阻害、水位低下時間に影響を及ぼしていた。この問題を解決すべく既存調整池の一部構造を改良し、効果を検証している。
 ※ファーストフラッシュ現象とは雨の降り始め(初期降雨約10㎜程度)に屋根面や道路等、被覆面の堆積物質が雨水と共に移動、濁度がピークとなる現象(河川、湖沼の水質悪化要因のひとつ)。

 <今後の雨水対策>
 国は、平成26年7月【水循環基本法】と【雨水利用促進法】を施行、基本理念、水循環基本計画、基本的施策を定め、初めてこの法律において水循環とは水が蒸発、降下、流下、または浸透により海域に至る過程で地表水、地下水として河川の流域を中心に循環することと定義した。健全な水循環についても定義した。この施策は、当研究会の進める方向性と大筋で合致している。
 千葉県は平成15年3月、国に先駆けて流域の健全な水循環の回復効果に期待し、「宅地開発等に伴う雨水排水・貯留浸透計画策定の手引」と「同、策定の手引の解説」を発刊した。事業者は従来手法か、貯留浸透手法の何れか選択できるようになった。以降、県内の開発行為における洪水対策は、貯留浸透手法による雨水対策施設が増えている。
 県内における公共事業において既存道路の冠水対策、新設道路、歩道、校庭からの流出抑制対策、湧水の枯渇対策として貯留浸透施設が設置されている。民間においては、補助金制度を利用し新築戸建住宅や既存住宅にも浸透マスが設置されている。施設の構造、材質は目的により異なる。
 公共事業の場合、道路にはコンクリート製の汚濁物質分離浸透マスや、貯留浸透槽と浸透トレンチを併設した施設、校庭の場合は、コンクリート製の地下埋設型貯留浸透槽や砕石間隙貯留浸透施設が多い。民間の場合は、石化製品の宅内浸透マス、合併浄化槽の貯留槽への転用や空隙率を重視した形状の異なるブロックを組み立て、透水シートを巻き付けた貯留浸透施設が多い。しかし、造成開発事業においては、雨水利用機能を備えた施設はまだ一部に限られている。

 <国内初の雨水流出抑制再利用>
 平成10年、筆者の考案した雨水利用と治水機能を備えた雨水流出抑制再利用システムが千葉県八千代市の宅地開発事業において、調整池に代わる洪水調整施設として初めて許可され設置した。この施設に測定装置を設置、降雨量、施設への流入量、貯留量、雨水利用量、浸透量などを24時間測定、9年間追跡調査を実施した。
 同時に、東京大学環境地水学研究室と共同して土壌特性、地下水位変化、不飽和帯の体積含水率変化など現地測定を続け、浸透水の地中での挙動を把握した(写真1)。その測定データを解析、流出抑制効果や浸透水の地下水涵養効果など科学的に解明、結果を公開した(図1,2,3)。以後、流域において民間の開発事業や公共事業に雨水貯留浸透施設の導入が多くなり、土壌特性の調査方法、土壌の浸透設計方法などについて技術講演会など開催し、技術的な相談に応じている。
 ここでは紙面の制約上、印旛沼流域において携わった開発事業や公共事業の雨水貯留浸透施設について抜粋、施設の概要と流出抑制効果について以下記述する。この流域は、関東ロームと呼称される透水性、保水性に優れた火山灰堆積層が広く分布している。そのため、雨水貯留浸透手法による雨水対策施設の設置に適している地域が多い。

 <近年実施された宅地開発事例>
 八千代市の例を紹介する。計画の概要は開発面積1.15ha、宅地面積0.76ha(40区)街区道路0.3ha、街区公園、その他公共用地0.09haとなっている。貯留浸透施設規模は、事前の土壌特性調査の数値を基に行政の指導要綱に準じ、厳密計算のうえ確定した。
 指導降雨強度は(確率年1/10)108.5mm/hr。土壌の平均飽和透水係数は0.0222m/hr。流出係数は不浸透域と浸透域の面積の荷重平均から宅地:0.84、街区道路:0.9を使用している。雨水対策施設は、各宅地に貯留浸透槽を分散設置、街区道路に砕石浸透トレンチ、街区公園に貯留浸透槽を設置した。敷地からの総流出量は1072m3/hr、施設の処理能力は貯留量合計:656.7m3、浸透処理量合計:63.8m3/hr、24時間で1531m3/dayの浸透処理能力を有している。設計浸透強度は、5.55mm/hrとなる。この施設規模により開発敷地外への流出量を0m3にしている(写真2)。
 写真3は計画地の雨水が最終的に流入するエリアである。貯留浸透施設を埋設、外部流出を防止している。このエリアの雨水も浸透処理し地表を緑化、行政に移管する予定であった。この計画は指導を受け、移管に際し地表面をアスファルト舗装、周囲に調整池並のフェンスを設置した。
公共事業では、既存の国道、県道、新設道路等にファーストフラッシュ対応型の分離浸透マスが多数設置されている。また、既存の市道にも冠水対策として砕石貯留浸透施設(写真4,5)が設置されている。ここでは、印旛流域外であるが県営広域営農団地農道整備事業、千葉県東総台地2期地区の広域農道に設置された施設(写真6)の事例を紹介する。
 道路幅員は9.02m、延長:284.6m。集水面積2709.392m2。計画降雨強度50mm/hr。土壌の飽和透水係数は0.07m/hr。流出係数は0.83を使用している。雨水対策施設は路面勾配を考慮、左右の側溝に沿って一定の間隔を置き、分離浸透マス、貯留浸透槽、砕石浸透トレンチを組み合わせ上流部、中流部、下流部に配置した。砕石浸透トレンチは水平に敷設、雨水を上流側に導水することで効率的な浸透処理ができる。路面からの最大流出量は112.43m3/hr、施設の処理能力は貯留量合計58.12m3、浸透処理量合計58.78m3/hr、24時間で1410.72m3/dayの浸透処理能力を有している。設計浸透強度は、21.7mm/hrとなる。この施設規模により最下流地点で発生していた冠水が解消されている。

 <土壌の特性・浸透効果>
 印旛沼流域には、さまざまな貯留浸透施設が設置されている。雨水の土壌浸透による流出抑制効果は大きいと言える。その要因は、80%前後の間隙率を有している良好なローム土壌が広く分布している地域性を上げることができる。土壌の間隙率が大きいか小さいかは透水性、保水性に影響を与える(図4)。  
 50%以上の間隙率を有している土壌は浸透に適していると言える。土壌に浸透した雨水の平均滞留時間は3か月と言われている。その間に下降移動し、地下水涵養や、植物の根に吸収されて体中を上昇して蒸散したりする。また、土中に貯留された雨水は地表面からも蒸発して大気中に戻る。この時、気化するため熱を周囲から奪い、地表面の温度を下げる役割もする。降雨時、浸透できなかった雨水は地表水となり河川などに流下する。土壌に浸透した雨水は、土壌に浄化されてゆっくり時間かけて土壌から排水されるために治水効果も大きい。
 さらに、土壌水の移動に伴う物質移動、エネルギー移動により地中に生息する小動物、バクテリア、菌類の活動を助け、植物の生長に必要な養分も供給している。このように浸透した雨水は、土の働きに助けられ健全な水循環の維持、向上や自然環境の回復に多大な貢献をしている。

<今後の課題と研究会の方向>
 昨年、内閣府から告示された「水循環基本計画」を実行に移し、目的を達成するには土の役割が重要な要素となる。近年、貯留浸透手法による雨水処理施設は千葉県内の宅地開発事業に多く導入されている。治水、利水、環境面などにおいて効果を期待できる貯留浸透製品は、多くの企業が開発、商品化されている。  
 しかし、これまでに設置された雨水貯留浸透施設の多くは、土壌の物理性に立脚した技術とは言えず、土壌の物理性を阻害するような計画・施工により環境悪化が生じることさえ危惧されている。特に火山灰堆積土壌は設計(配置、底盤深度等)・施工方法により著しく浸透機能を阻害する。また、大きな括りでの浸透不適地といわれている地域においても、土壌特性の的確な見極めと流出抑制手法により効果ある雨水処理対策を期待できると考える。施設の設計者は現地土壌調査方法や施工方法に注意する必要がある。
 また、初期降雨時に発生する汚泥物の多いファーストフラッシュ現象が深刻な問題となっている。ファーストフラッシュ対策装置が必要不可欠になる。この対策を怠ると設置後の機能低下、環境悪化に繫がる。
施設の維持管理も問題がある。現状の分散貯留浸透施設は宅地内に設置されている。そのため行政移管が難しい。維持管理者、費用負担先を明確にして適切に実施する必要がある。
 環境地水技術研究会は、東京大学環境地水学研究室と協力し、土壌特性の調査方法や土壌浸透理論を確立した。長年の実践により得られたデータを解析、土壌特性を阻害しない浸透技術の研究開発をしている。この理論・技術を習得し、普及、周知できる人材の育成と健全な水循環の回復を目的に活動している。
 最新式の自動透水速度測定装置ディスクパーミアメータ(図5)や、ファーストフラッシュ現象の物質分離浸透マス、国内に自生する樹木の特性を利用した害虫(蚊)の発生防止機能を備えた濾過装置付きの多機能型雨水貯留浸透処理システムなど開発。道路、公園、グランド、畑地、建設現場等、地表面から流出する汚濁雨水を濾過、貯留、有効活用を可能にした。開発された技術は、平成28年度内の実用化に向けた準備作業を進めている。
今後、斜傾地の地層構造、地下水位の変動、地中環境変化等を調査、試験データを解析し、表層の地すべり現象が発生する条件などを研究して解明したいと考えている。
 当研究会は一般社団法人であるが、健全な水循環の回復を願い、土壌への雨水浸透技術の研修会、講演会を開催し普及活動に努めている。(月刊下水道の寄稿文を一部添削)

連絡先住所:千葉県佐倉市ユーカリが丘1-2-10 電話043-375-2245 直通090-2416-2250

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2015年6月24日 環境新聞掲載記事